昼の光は、崩れた城の窓から斜めに差し込んで、図書室の埃を金色に浮かせていた。私は本棚の前で腕を組み、積み上がった古い記録の山を見下ろす。紙の匂いは嫌いではない。だが、今の私はページをめくるたびに指先へ残る焦燥のほうが気になって仕方なかった。 「勇者の足取りと、呪いの手がかり。分かる範囲でいい、出しなさい」 言い終えた直後、棚の陰から何体もの魔物がわらわらと現れた。 「お手伝いします、魔王様」 「分類ですね。得意です」 「整頓なら任せてください」 嫌な予感がした。止めるより早く、彼らは勝手に本を抱え、勝手にうなずき、勝手に別の棚へ移し始める。 「待ちなさい、その左の束は触るな。年代順に並べるのはそこではない」 「承知しました。では右へ」 違う。そう言う前に、右の束が左へ運ばれた。 私はこめかみを押さえた。古文書の背表紙に刻まれた文字が、ずれて見える。目当ての記録はたしかにあるはずなのに、気づけば似た題名ばかりが増えていく。 「魔王様、この巻は勇者の記録ですか?」 「違う。城内の倉庫の在庫表だ」 「では重要ですね」 重要ではあるが、今は違う。 ようやく一冊、勇者一行の旅路を追った薄い冊子を見つけた。端が焼け、ところどころ欠けている。私はそれを奪うように開く。 そこには、砦を抜け、北の街道を進んだ痕跡と、私にかけられた呪いに似た文言の断片があった。だが記述は少ない。肝心なところほど、紙が削げ落ちている。 「これだけか……」 「まだありますよ」 魔物の一体が胸を張って、別の束を差し出した。私は受け取る。今度は勇者とは無関係な宴会記録だった。 「そうじゃない! いや、待て、これの裏だ」 めくると、擦り切れた注釈があった。古い呪いは、単純な封印ではなく、術者の意志に沿って対象を削ぐ、と。 私は息を止めた。勇者の剣だけではない。もっと別の、古い干渉がある。 「……なるほど。少し見えてきた」 そう呟いた瞬間、隣で本を積んでいた魔物が、満足げにうなずいた。 「では次はこちらへ移しますね。邪魔そうなので」 「邪魔ではない。必要だ」 「なら、必要なほうへ」 その返事は妙に筋が通っていて、私は一瞬だけ言葉を失った。だが次の瞬間、私の目の前から目当ての冊子がすっと別の棚へ移される。 「ちょっと待て、それは私が今読んでいた……」 「整理完了です」 どこがだ。けれど、空いた机の上には、勇者の行程と呪いの断片が並べ直されていた。たぶん、彼らなりには役立っているのだろう。 私は息を吐き、椅子を引いた。 前進しているのか、散らかっているのか、もう分からない。だが少なくとも、手掛かりはひとつ増えた。次に何を探すべきかも、薄っすら見えてきた。 「……よし。次は、その棚の奥だ。今度こそ正確に持ってこい」 「はい、魔王様」 返事だけはやけに揃っていた。私は古い紙束を抱え直し、まだ雑然とした図書室の中央で、次の一枚を探すために目を細めた。
呪われた女魔王
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