夕方の冷えが、訓練場の石壁にじわじわと染み始めていた。私は腕を組み、正面で円を描くように広がる魔物たちを睨む。剣も槍も、今の体では持ち上げるだけで負ける。だからこそ、今日は力を押し付けるのではなく、抑えた魔力でどう戦うかを試すつもりだった。 「いい、私に合わせなさい。大きな術はいらない。動きと判断だけで十分だ」 「ははっ、魔王様が手合わせですか」 「今日は軽いんですね」 「軽くない。お前たちが重いのだ」 言い返すと、何匹かが肩を揺らして笑った。私は歯を食いしばり、掌に小さな火花を灯す。ほんの指先ほどの明かりだが、狙いは正確だ。地面の影に落として視界をずらし、相手の足を止める。 「おっと」 前へ出た魔物が、思わず片足を止めた。その隙に私は半歩だけ横へ滑り、相手の背後を取る。 「まだだ」 今度は足元の石をわずかに浮かせた。転ぶほどではない。だが、視線は確かに乱れる。 「……今の、地味に嫌だな」 「地味で結構。戦場ではそれで十分よ」 勝った。そう思った次の瞬間、別の魔物が妙に盛り上がった声を上げる。 「おお、今のは見事ですぞ!」 「じゃあ次は本気でいきましょう!」 「だから本気ではないと言っている!」 叫んだのに、誰も止まらない。いつの間にか手合わせは見世物じみてきて、周囲からは賭けでもしているのかという騒ぎまで起き始めた。私は額を押さえる。 「お前たち、訓練の意味を分かっているのか」 「もちろんです。魔王様がどこまでやれるかを見るんですよ」 「そうそう。威圧より機転のほうが怖いって、さっき分かりました」 怖い、だと。だが、その言葉の裏に、さっきまでの冷えた視線はなかった。 私はもう一度、目の前の相手を見た。真正面から力を振り下ろす相手なら、今の私は勝てない。けれど、気配をずらし、足場を奪い、相手の意識を一瞬だけ外すことならできる。呪いに押し潰されるだけではない。使い方次第で、まだ戦える。 「次」 そう告げると、魔物たちの声がわっと上がった。 「今度こそ見逃しませんよ」 「魔王様、笑ったほうが強そうです」 「誰が笑うか」 即座に返したのに、なぜか数体がうなずいた。 私は肩を落とし、それでも口元の熱を抑えきれなかった。威厳は取り戻せていない。だが、あの軽口の混じった視線が、少しずつ私の動きを認め始めている。悔しいほどに、悪くない感触だった。 「……もう一度だ。今度は、私が本当に怖いところを見せてやる」 「おっ、やる気ですね」 「来なさい。今度は逃がさない」 そう言い切った私の前で、魔物たちは息を呑んだまま、次の一手を待っていた。
呪われた女魔王
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