エラベノベル堂

ラストワン

全年齢

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7章 / 全10

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毛布の下で、二人はしばらく黙っていた。冷えた空気が頬を撫でるたび、春菜は自分の呼吸の浅さを意識する。さっきまで言い争っていた相手が、こんな近くにいる。それだけで落ち着かないのに、逃げる先もない。 「……春菜」 不意に名前を呼ばれて、春菜は肩を震わせた。 「何ですか」 「いや。……怒ってないなら、少しだけ聞いてほしい」 健人は珍しく言葉を選ぶように、毛布の端を指でつまんだまま視線を落とした。 「俺さ、最初からあんたが苦手だったわけじゃない」 「は?」 「細かいとか、うるさいとか、そういうのを見てると、なんか負けた気がしてさ。先に気になったの、俺の方だった」 春菜は瞬きを忘れた。意外すぎて、返す言葉がうまく形にならない。 「……それ、意味が分かりません」 「分かんないならそれでいい」 健人は苦笑した。強がりのようでいて、どこか疲れた声だった。 「でも、寒いのに一人で我慢してる顔を見ると、ほっとけなかった。電子レンジの音のことも、洗濯機のことも、たぶん、俺は最初から気にしすぎてた」 春菜は胸の奥が、静かにほどけるのを感じた。嫌われていると思っていた。だからこそ、何をしても反発された気がして、余計に自分を固くしていたのだ。 「……私も、同じです」 声に出すと、思ったより小さかった。 「本当は、毎回そんなに怒りたかったわけじゃありません。勝手に触られるのが嫌だっただけで」 「それ、普通だろ」 「でも、普通に言うと流されそうで」 「流さないよ」 即答されて、春菜は少しだけ目を見開いた。 健人は視線をそらしたまま続ける。 「お前、強そうに見えるから。ちゃんとしないと、どこまでも平気なふりをするだろって思ってた」 「……そんなふうに見えてましたか」 「見えてた。だから、つい張り合った」 春菜は毛布の縁を握りしめる。張り合いの理由が、思っていたよりずっと単純で、ずっと厄介だった。 「私たち、嫌っていたというより」 「気にしすぎてただけ、か」 健人が先に言って、春菜は小さくうなずいた。 その瞬間、共用部の灯りがわずかに瞬いた。けれど、もう怖くはなかった。寒さはまだ残っているのに、さっきまでの刺々しさだけが薄れていく。 「……あの」 春菜が言いかけると、健人が顔を上げる。 「なんだ」 「さっきの、もう少しだけ……話してもいいですか」 健人は一拍だけ黙って、それから小さく笑った。 「ああ。今度は、逃げないで聞く」 毛布の下で、春菜はようやく息を深く吸った。嫌いだと思っていた相手の声が、妙に近くて、妙にあたたかい。気にしすぎていたのは、たぶん自分も同じだった。

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