エラベノベル堂

ラストワン

18+ NSFW

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5章 / 全10

深夜の闇が部屋を包んでいた。春菜はふと目を覚ます。何かの音が耳に残っている。低い唸り音と、漂ってくる匂い。温められた料理の香りだ。 「……何時よ」 スマホを手探りで探し、画面を見る。深夜二時半。春菜の苛立ちが瞬時に込み上げた。境界線の向こう側で、電子レンジが回っている。健人が深夜に食事をしているのだ。 「ちょっと!」 布団を跳ね除け、ベッドから降りる。マスキングテープの境界線など、今は眼中になかった。健人のスペースへと踏み込み、キッチンコーナーでレンジの前に立つ背中に詰め寄る。 「深夜に何やってんのよ!」 健人が振り返る。手には温めたカップ麺。 「腹減ったから」 「腹減ったからじゃないでしょ! 匂いも音も向こうまで届いてるのよ!」 「なら耳栓しろよ」 「あなたが変な時間に料理すべきじゃないの!」 「料理じゃねえよ。カップ麺だ」 「同じでしょ!」 春菜は健人の胸を突き飛ばそうとした。だが、健人は微動だにしない。逆に一歩踏み出してくる。 「お前こそ、人の部屋に土足で入り込んで何様だよ」 「文句言いに来たのよ! あんたが私の睡眠を妨害したんだから!」 「妨害? 自分の部屋でメシ食って何が悪いんだ」 「時間考えなさいよ! 常識ないの?」 「常識ねえ。お前が境界線越えてきたことには触れないわけ?」 春菜は一瞬言葉に詰まった。確かに、自分が越えてきたのだ。 「そ、それは……あなたが騒いだからでしょ」 「騒いでねえよ。レンジ回しただけだ」 「それが騒音なの!」 健人がふんと鼻を鳴らし、カップ麺をコンロの脇に置いた。そして春菜に向き直る。 「じゃあどうすりゃいいんだよ。腹減ったのに我慢しろって?」 「我慢するか、昼間に食べなさいよ」 「昼間は仕事だろ」 「じゃあ夜食べなさい」 「夜は帰りが遅いんだよ」 「じゃあ我慢しなさいよ!」 二人の声がヒートアップする。気づけば、春菜は健人と至近距離で対峙していた。深夜の静寂の中、互いの呼吸が聞こえるほどの距離。 「……お前さ、本当にうるさいよな」 「あなたがうるさいのよ」 健人の目が、薄暗がりの中で春菜を捉える。苛立ちの中に、別の何かが混じっている。春菜の心臓が、不規則なリズムを刻み始めた。 「離れなさいよ」 「お前が来たんだろ」 「文句言い終わったから帰るの! 邪魔しないで!」 「邪魔してねえよ」 「してるでしょ! そこに立ってるのが!」 健人が一歩、さらに近づく。春菜は後退ろうとしたが、足が動かなかった。 「……何よ」 「何が」 「そんな顔して」 「どんな顔だよ」 春菜は答えられなかった。ただ、健人の瞳に吸い寄せられるように見つめていた。境界線を越えたのは自分の方だ。その事実が、胸の奥で重く響く。

5章 / 全10

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