エラベノベル堂

ラストワン

18+ NSFW

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6章 / 全10

真夜中を大きく過ぎた時刻。春菜は自分のベッドに戻っていたが、眠りは浅かった。境界線を越えた記憶が、妙に胸に残っている。健人のあの目。苛立ちと、何か別のものが混じったような光。ふと、寒気を感じた。最初は窓が開いているのかと思った。だが、窓は閉まっている。それなのに、部屋の中が急速に冷え込んでいく。 「……暖房」 エアコンの表示ランプが消えている。故障か、それとも停電か。春菜は布団を強く握りしめた。吐く息が白い。 「寒い……」 廊下から足音が聞こえた。健人が現れ、同様に毛布を抱えている。 「お前もか」 「何これ。暖房壊れたの?」 「みたいだな。リビングに行く。あっちにストーブがある」 春菜は迷わず自分の毛布を掴み、健人の後を追った。共用リビングには、古びた石油ストーブが一台だけ置かれている。健人がマッチを擦り、点火した。橙色の炎が揺らめき、少しずつ周囲を照らし始める。 「これ一台だけ?」 「ああ。予備の電気ストーブは倉庫にあるらしいが、今から探すのは無理だろ」 春菜はソファの端に座り、毛布を肩にかけた。健人は向かい側の椅子に座ろうとしたが、ストーブからの距離を考えてか、結局ソファの反対側に腰を下ろした。 「……寒い」 「我慢しろ」 「我慢してるけど」 二人の間には、ストーブの炎が揺れている。距離にして、およそ一メートル。毛布をそれぞれ被っているが、背中や足元から冷気が忍び込んでくる。 「もっと近づけば」 健人が不満げに言った。 「は?」 「毛布。二人で一枚にすれば暖かいだろ」 春菜は一瞬、言葉を失った。この男と、同じ毛布に入る。考えられない。 「……嫌よ」 「じゃあ凍えろ」 「凍えないわよ。これで十分」 だが、寒さは容赦がない。十分ほど経った頃には、春菜の指先は感覚を失いかけていた。震えが止まらない。健人も同様に、時折身震いしているのが分かった。 「くそっ、寒いな」 「……悔しいけど」 「ん?」 「一緒にしたほうが、合理的かもしれない」 健人がふんと鼻を鳴らす。 「素直じゃねえな」 「うるさい。早くしなさいよ」 二人は渋々、一枚の毛布に一緒にくるまることになった。肩が触れる。腕が触れる。互いの体温が、薄い布越しに伝わってくる。ストーブの炎が、二人の顔を橙色に染める。 「……動くなよ」 「動いてねえよ」 「心臓の音とか聞こえそうで嫌」 「聞こえるわけねえだろ」 春菜は健人の横顔を盗み見た。すぐそこにある。少し乱れた髪、無精髭の跡、引き締まった顎のライン。 「何見てんだ」 「見てない」 「見てただろ」 「見てないって言ってるでしょ」 健人がふっと笑ったような気がした。春菜は顔を背け、ストーブの炎を睨みつける。だが、心臓の動悸は収まらない。この男と、こんなに近くにいる。毛布の中で、互いの呼吸が触れ合うほどの距離。 「……最悪」 「どっちがだよ」 二人は、互いに顔を背けたまま動かない。だが、毛布の中で触れ合った部分から、言葉にできない熱が伝わり始めていた。

6章 / 全10

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