エラベノベル堂

ライバルは今夜、隣に座る

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4章 / 全10

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「今は、黙っとく」 その言い方が、妙にやさしかった。遥香は眉をひそめたまま、健太の顔を覗き込む。 「なにそれ。気になるんだけど」 「気にするな」 「無理」 「無理でもだ」 軽口の応酬はいつも通りなのに、今夜はどこか噛み合わない。噛み合わないまま、気まずさよりも落ち着かない熱だけが残っていく。 健太は視線を逸らし、窓際へ歩いた。そこには試着用のスタンドが並び、薄いカーテン越しに外の夜気がにじんでいる。アトリエの奥で機械音が止まったぶん、窓の向こうの静けさがやけに際立った。 「遥香」 「だから、なんだよ」 呼ばれて振り向くと、健太は少し困ったような顔をしていた。いつもなら鼻で笑う場面なのに、その表情はひどく真面目だった。 「お前、ずっと一人で抱えてたんだな」 その一言に、遥香の喉が詰まる。 「……急に何」 「急にじゃない。さっきから、見えてる」 「見えてるって何が」 「お前の中身」 言い切られて、遥香は息を止めた。からかわれているようには見えない。むしろ、見透かされたほうが近かった。 「強いふりして、平気な顔して。そういうの、ずっと得意だと思ってた」 「得意じゃないし」 「じゃあ、なぜそんな顔をする」 遥香は言い返そうとして、言葉を失った。健太の目は、勝ち負けを測るときの鋭さではない。もっと静かに、自分の奥へ降りてくるような目だった。 「……だって、そうしないと、崩れそうだったから」 言ってしまってから、遥香は唇を噛む。そんな弱音、聞かせるつもりはなかった。けれど健太は笑わない。 「やっぱりな」 「何がやっぱり」 「お前は、ただ負けず嫌いなだけじゃない」 健太は窓辺にもたれ、淡く息を吐いた。 「ひとりで踏ん張って、ひとりで追いつこうとして、ひとりで平気なふりをする。見てるだけでも分かる」 遥香は思わず目を見開いた。 「見てるだけで分かるって……そんなの、ただのライバルが言うことじゃない」 「ライバルだからだろ」 即答だった。だが、その声には棘がない。 「お前が何を背負ってるか、俺はちゃんと見たかった」 遥香の胸の奥が、じわりと熱くなる。競争相手としてではなく、仕事の向こう側まで見ていた。そんなふうに思われていたなんて、考えたこともなかった。 「……変なの」 「今さらか」 「うるさい」 口ではそう返しながら、遥香は視線を落とした。さっきまで青く見えた気配が、少しだけ静まっている気がする。灰色の孤独も、赤い熱も、消えたわけではないのに、誰かに触れられただけで少しだけ輪郭が変わった。 健太もまた、同じように息を整えていた。見えてしまった色は、もう彼女を敵としてだけ映さない。 「遥香」 「なに」 「これからも、簡単には譲らない」 「当たり前」 「でも、見ないふりもしない」 遥香は一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。 「……それ、こっちの台詞」 窓の外では、街の灯りが静かに滲んでいる。アトリエの空気はまだ張りつめているのに、さっきまでの対立は少しだけ形を変えていた。健太の視界には、遥香の色がまだ揺れている。もう、それは怖い色ではなかった。

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