エラベノベル堂

ライバルは今夜、隣に座る

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6章 / 全10

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照明を落としたフィッティングルームは、布の匂いと静かな熱だけを残していた。壁際に並ぶ鏡は薄暗く、映る自分たちの輪郭さえ少し曖昧だ。遥香は椅子の背にスケッチブックを押し当て、健太はその隣で古いコンペ用の束をめくっている。 「これ、まだ取ってあったの」 「捨てる理由がない」 健太の返事は素っ気ないのに、指先は妙に慎重だった。ページを開くたび、昔の線が今よりも荒く、でも迷いが少ない。遥香は覗き込み、ふっと眉を上げる。 「……このシルエット、私の立ち方に似てない?」 「気のせいだろ」 「嘘。肩の落とし方までそっくり」 言い切ると、健太の動きが止まった。遥香はさらに自分のスケッチを引き寄せる。そこには、彼女自身の癖とは少し違う角度の襟元が描かれていた。誰かの横顔を追うみたいに、線がわずかに傾いている。 「こっちも……健太の首の癖、見て描いたみたい」 「やめろ、急に当てるな」 「当たってるんでしょ」 「……うるさい」 健太は耳まで赤くして、別のページをめくった。だがそこにも、遥香がよく使う強い直線と、視線を受け止めるための硬さが残っている。遥香は息をのむ。 「私、ずっとお前の線を見てたのかも」 「俺だってだ」 返ってきた声は低かった。嫉妬だと思っていた感情の輪郭が、今になって熱を帯びる。相手の完成を嫌っていたのではない。見えないところで、何度も追っていた。あの一線が気に入らなかったのも、似せたくないからではなく、似てしまうほど意識していたからだ。 「最悪」 遥香が笑いながら言うと、健太も悔しそうに口を結んだ。 「こっちの台詞だ。お前のこと、目で追ってたのがバレるなんて」 「じゃあ私は?」 「もっとバレてる」 「なにそれ」 「お前は、俺を見るときだけ線が少し変わる」 遥香は言葉を失った。からかわれているようで、違う。健太の声には、ずっと前から知っていたという響きがあった。 「……それ、いつから」 「さあな」 曖昧に濁したくせに、視線は逸らさない。遥香は自分のスケッチを抱え直し、胸の奥がじりじりと熱くなるのを感じた。敵だと思っていた。越えるべき相手だと思っていた。なのに、最初から一番意識していたのは、自分のほうだったのかもしれない。 「悔しい」 「何が」 「私が、お前を見てたってこと」 「それはこっちも同じだ」 二人の声が同時に重なる。沈黙が落ちると、さっきまでの嫉妬は、いつの間にか憧れに姿を変えていた。認めたくなかったものが、こんなにも近くにあったのだと知ってしまう。 健太は古いスケッチを丁寧に束ね直し、遥香も自分のページを閉じた。まだ言葉にできない熱は残っている。それでも、もうただの競争ではなかった。鏡の中で並ぶ二人の影が、わずかに肩を寄せて見えた。

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