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ライバルは今夜、隣に座る

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7章 / 全10

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「……まだ、あるんだな」 健太は資料棚の前で、古びた箱をそっと引き出した。薄暗いアトリエの奥、紙と布が積み重なったその場所は、静かなのに妙に息苦しい。遥香が隣に立ち、箱の縁を見下ろす。 「あるよ。捨てたくても、捨てられないの」 「失敗作までか」 「そういう言い方、むかつく」 「事実だろ」 そう返しながらも、健太の声はいつもより柔らかかった。遥香は鼻で笑い、箱の中から自分の古いメモを取り出す。端の折れた紙には、線の修正、配色の迷い、最後まで決めきれなかった言葉が走り書きされていた。 「見ないでって言っても、もう遅いか」 「最初から見るつもりだった」 「最低」 「褒め言葉に聞こえるな」 健太も別の束を広げる。そこには、今の彼からは想像しにくいほど荒い線と、途中で何度も消した痕が残っていた。遥香は思わず目を丸くする。 「なにこれ。こんなに迷ってたの」 「悪いか」 「悪くはないけど、意外」 「お前だって同じだろ」 返された言葉に、遥香は唇を結ぶ。次の紙には、完成したはずの輪郭の横に、もっと柔らかい角度の案が重ねられていた。そこに書かれた短いメモを見た瞬間、胸の奥が妙にざわつく。 「私のこと、見てたの?」 「……見てた」 健太は観念したように目を逸らす。遥香は自分の箱から、似たような古いメモを引っ張り出した。相手の姿勢や歩き方を真似しようとして失敗した跡が、隠しようもなく残っている。 「じゃあ、こっちも見てよ」 「やめろ」 「やめない」 二人は互いの失敗作を並べた。うまくいかなかった線、途中で折れた発想、誰にも見せたくなかった弱い部分が、並べるほどにはっきりしていく。 「……こんなの、知られたくなかった」 遥香の声は小さい。健太も頷いた。 「俺もだ。情けないところ、全部出る」 「でもさ」 遥香は紙の端を指で押さえた。 「これがあったから、今の形になったんでしょ」 「まあな」 「だったら、見られてもいいじゃん」 その一言で、健太は少しだけ笑った。笑ったあと、視線を上げる。 「お前、思ったより容赦ないな」 「健太こそ。こんなに私のメモ読んでたなんて」 「読んでないと、ここまで辿れない」 言い返しかけて、遥香はふと黙った。競争相手としてだけ見ていたなら、ここまで相手の癖も迷いも拾えなかったはずだ。知られたくなかった弱点が、今はむしろ相手の本気の証に見える。 「変なの」 「何が」 「最悪なくらい、分かり合えてる」 健太は返事をしない。けれど、その沈黙はもう突き放すものじゃなかった。資料棚の奥で、二人の失敗作とメモが静かに重なり合う。飾らない姿を見せたぶんだけ、競争だけでは埋まらなかった距離が、確かに縮まっていた。

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