エラベノベル堂

ライバルは今夜、隣に座る

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9章 / 全10

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アトリエに戻ると、朝へ向かう薄い青が窓の端に滲んでいた。夜の熱を吸った布や糸が、どれも少しだけ眠たげに見える。遥香は机に残した作品を見て、息を止めた。 「……まだ、終わってない」 「終わらせるんだろ」 健太の声は、ひどく静かだった。二人は無言のまま並び、完成目前のドレスとスーツを見下ろす。さっきまで見えていた色は、今はもっとはっきりしている。青い意地、灰色の孤独、赤い焦り。その奥で、確かに自分を見てほしいという熱が揺れていた。 遥香が布を持ち上げる。健太がその端を支える。その瞬間、指先に流れ込んだ感覚に、二人とも息を詰めた。 「……やっぱり、まだ焦ってる」 遥香が小さく言うと、健太は少しだけ眉を寄せた。 「お前もだ。ここまで来ても、全然止まらない」 「止まったら、負けた気がするから」 「同感」 言いながら、健太は遥香の作ったラインを目で追った。そこには、自分では出せない柔らかさがある。その柔らかさに、なぜか見覚えがあった。 「なあ、遥香」 「なに」 「これ、俺の線を見てるだろ」 遥香の手が止まる。 「……そっちこそ」 健太は黙って、彼女のスケッチを手元へ引き寄せた。迷わず描かれたようでいて、ところどころに相手の癖が混ざっている。遥香の視線もまた、自然に健太のデザインへ落ちた。どちらの作品にも、相手を追いかけた痕跡がある。 「偶然じゃないな」 健太が言うと、遥香は唇を結んだ。 「最初から、分かってたのかも」 「何を」 「お前に見られたかったこと」 その言葉に、健太の胸がわずかに鳴る。遥香の色が、青だけではない。理解されたいという願いが、ずっと張りつめた糸みたいに張っていたのだ。 「俺もだ」 健太の返事は短かったが、遥香はもう聞き逃さなかった。 「……私に、勝ちたかったんじゃないの」 「勝ちたいのは本当だ。でも、それだけじゃない」 遥香は目を細める。少しだけ、悔しそうに。それでも次の瞬間には、ふっと肩の力を抜いた。 「最悪。ずっと敵だと思ってたのに」 「こっちの台詞だ」 二人は同時に笑い、すぐに作業へ戻った。重ねる布、整える縫い目、微妙にずれた襟元。遥香が青をひとつ差し、健太が灰色をほどく。最後に赤が、互いの輪郭へ静かに混ざっていく。 「これでいい」 遥香がそう言うと、健太も頷いた。 「やっと終わるな」 完成した作品は、まだ夜明け前の光を受けていた。二人は並んでそれを見つめ、何も言わなかった。けれど沈黙はもう、対立のそれではない。作品の中に重なった互いの色だけが、静かに息をしていた。

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