エラベノベル堂

共感覚クリニック

全年齢

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5章 / 全10

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通院の帰り道は、昼間よりもずっと静かだった。病院の明かりだけが背中に残って、足元の違和感を妙に大きくする。陽菜はそれを気にしないふりをして廊下を抜けたが、ラウンジのソファの前でふいに膝が揺れた。 「っ……」 踏ん張ろうとした瞬間、視界が傾く。次の瞬間には、宗介の手が腰のあたりを支えていた。 「動かないでください」 低い声が耳元で落ちる。支えられた拍子に、陽菜の身体へ、彼の緊張が鋭く流れ込んできた。張り詰めた糸を無理やり握り込んだみたいな硬さ。そこに混じるのは、誰かを失うことを恐れる、ひどくむき出しの怯えだった。 「……先生」 陽菜は息を呑んだまま、彼の袖をつかんでいた。離れたらまた、あの冷たい沈黙に戻ってしまう気がしたからだ。 宗介の肩が、わずかに強張る。 「離れてください」 「嫌」 即答すると、彼は困ったように視線をそらした。けれど手はすぐに引かない。ほんの数秒の接触だけで、陽菜の中にも彼の焦りが残り続ける。 「今の、ただの転びそうになっただけじゃないでしょ」 「あなたの膝に負担がかかっただけです」 「そういう話してない」 陽菜は袖を握ったまま、まっすぐ見上げた。怖がっているのは、自分も同じだった。彼の中に流れ込んだあの感情を知ってしまって、もう前みたいには笑えない。 「先生、私を患者だと思って距離を取るのは勝手。でも、私までいなくなる前提みたいな顔はやめて」 宗介の目が、初めてはっきりと揺れた。 「……そんなつもりは」 「あるよ。あったから、さっきみたいな顔した」 否定を待たずに言い切ると、彼は息を止めた。白衣の袖口を握り返すように、陽菜の指先にわずかな力がこもる。 「私は」 かすれた声だった。 「失うのが、怖いだけです」 それは初めて聞く、宗介の本音だった。陽菜は胸の奥が熱くなるのを感じる。治療のための距離では守れないものが、もう二人の間に生まれている。 「だったら、最初からそう言ってよ」 言いながら、陽菜はようやく袖を離した。なのに、離したはずなのに、まだ指先には彼の揺れが残っている。 宗介は数歩ぶんだけ距離を取った。それでも、もう完全には戻れないと分かる沈黙が、二人の間に静かに落ちていた。

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