まどかは、膝の上で指をきゅっと絡めた。言いたいことは山ほどあるのに、喉の奥で全部がほどけてしまいそうになる。健人もまた、寝起きのぼんやりを残したまま、まっすぐ彼女を見ていた。 「夢の中では、平気で言えたのにね」 まどかが笑うと、健人は少し目を細めた。 「現実だと、途端に照れる」 「なにそれ」 「でも、こっちのほうが本物だから」 その一言に、まどかの胸が静かに鳴った。夢の中の軽やかさは、触れれば消えそうな水面みたいだった。けれど今は違う。目の前にいる健人は、息をして、目を瞬いて、同じ空気を吸っている。その当たり前が、なぜこんなにも眩しいのだろう。 「私ね」 まどかは、少しだけ声を落とした。 「最初は、ただ変な夢だと思ってた。でも、会うたびに、だんだん待ってる自分がいた」 健人の表情がわずかに動く。 「俺もだ。夢の続きが見たいんじゃなくて、まどかに会いたいって思うようになってた」 名前を呼ばれて、まどかは目を見開く。夢ではまだ言えなかった呼び方が、こんなふうに胸へ落ちるなんて思わなかった。 「……ずるい。そういうの」 「じゃあ、まどかも言ってよ」 「え」 「俺のこと。ちゃんと」 一瞬だけ沈黙が落ちた。雨音が窓を叩き、部屋の中の静けさを際立たせる。まどかは喉を鳴らして、それでも視線を逸らさなかった。 「健人」 たった二文字なのに、夢の中で何度も届きかけて、届かなかった距離が一気に埋まる気がした。健人は驚いたように息を止め、それから、ふっと肩の力を抜いた。 「……それ、反則」 「言わせたくせに」 「でも嬉しい」 まどかも、今度は隠さずに笑った。笑いながら、胸の奥にあった不安が少しずつ形を変えていくのがわかる。隣人だった相手が、夢の相手で、今は名前を持ったひとりの人になる。その変化は、現実のほうが夢よりずっとやさしかった。 健人はベッドの端に手を置いたまま、少しだけ身を起こした。 「ずっと壁の向こうにいたのに、こんなに近いなんてな」 「ほんと。変なの」 「でも、嫌じゃない」 まどかは小さくうなずいた。夢で触れたぬくもりが、ただの記憶ではなく、今ここに続いている気がする。夢よりも確かな感情が、静かに部屋を満たしていく。 二人はまだ、何かを約束するほど急ぎたくはなかった。ただ、互いの気持ちが確かに同じ場所へ向かっていることだけは、もう疑わなかった。雨は窓の外で細く続き、部屋の空気をやわらかく包んでいる。まどかはその静けさの中で、初めて本当に隣にいるのだと思った。
シェアドリーム
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