エラベノベル堂

共鳴レジリエンス

全年齢

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4章 / 全10

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「じゃあ、もう一回いくよ」 明日香が軽く息を吸って、鍵盤の上に指を置いた。放課後の第一練習室は、窓の外の色だけが少し傾いていて、室内には楽器の木の匂いと、さっきまでの余韻がまだ薄く残っている。晴は頷きながら弓を構え、颯真はベースの位置を確かめ、湊介はヴィオラを顎に当て直した。 「今度は、さっきの厚みを逃がしたくないな」 颯真が言うと、晴が小さく鼻で笑う。 「厚みって、音楽用語みたいに言うな」 「実際、そうだっただろ」 湊介が譜面の端を整えながら、静かに視線を上げた。 「でも、単に揃っただけじゃなかったです。何か、輪郭が出た感じがした」 明日香は少しだけ首をかしげる。 「輪郭、か。じゃあ、もう少しだけ遊んでみるね」 その言葉の直後だった。明日香の左手が、譜面にない短いフレーズをふっと差し込む。ほんの数音なのに、空気がすっと入れ替わった。 晴の旋律がその隙間を見つけるように前へ出る。颯真の低音が床を押して、湊介の内声がその間を縫い、一本の線を結んだ。明日香の即興は、誰かを置いていく音ではなく、三人の音を呼び出す合図みたいだった。 「え、今の」 晴が思わず顔を上げる。 「なんだよ、急に来た」 颯真が笑いながらも、指は止まらない。 湊介は短く息を呑んで、それから少しだけ音を深くした。 「今の一瞬で、全部見えました」 「見えたって何が」 晴が返すと、湊介は視線を逸らさずに答える。 「明日香さんが入ると、晴の旋律が前に出る。颯真が支えると、僕の中音が生きる。逆に、互いをちゃんと見ているほど、表現が開く」 明日香は弾き終えた指を見つめて、それからふわりと笑った。 「見てるから、かな」 「見てるから?」 颯真が聞き返す。 「うん。相手の顔とか、弓先とか、手の動きとか。ちゃんと目に入ってると、音の置き場所がわかる気がする」 晴は一度だけ黙った。たしかに、視線を外すと、音は途端に自分の中へ閉じていく。けれど、明日香の手元を見た瞬間、次に来る音が予感できた。 「変だな」 晴がぽつりと言う。 「見て弾くほど、開くなんて」 「でも、嫌じゃない」 颯真が即座に言って、ベースを軽く鳴らす。 その一音に、湊介が頷く。 「むしろ、自然です。隣にいる意味が、そのまま音になる」 明日香は何も言わず、もう一度、短いフレーズを置いた。今度は四人とも、ほとんど反射で乗る。晴の旋律が少しだけ甘くなり、颯真の推進力が増し、湊介の内声が柔らかく沈む。四つの音が、見えない糸で結ばれていく感覚。 終わったあと、誰もすぐに動けなかった。 「……今の、すごかったな」 颯真が言うと、晴が頷いた。 「さっきより、はっきりした」 湊介も息を整えながら、低く答える。 「相性がいい、というより。互いを見たぶんだけ、広がる感じですね」 明日香は譜面を閉じ、少しだけ目を細めた。 「じゃあ、私たち、ちゃんと目を合わせたほうがいいんだ」 その言い方はあまりにも素直で、晴は返す言葉を失った。颯真はニヤリとし、湊介はわずかに口元を緩める。 窓の外で、夕方の光がさらに薄くなる。四人はまだ、名前のつけようのない相性の正体を掴みきれていない。ただ、互いを見れば見るほど音が開く、その奇妙な手応えだけは確かだった。明日香が次にどんな音を置くのか、三人とも、もう少しだけ知りたくなっていた。

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