エラベノベル堂

共鳴レジリエンス

全年齢

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6章 / 全10

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「……あれ、暖房、止まってない?」 明日香が鍵盤から手を離した瞬間、第一練習室の空気の温度が、ふっと下がった気がした。夕方の光はもう弱く、窓の向こうでは風がやけに強い。期末試験が終わって一息ついたはずなのに、部屋の中だけ置いていかれたみたいに冷える。 晴が腕をさすりながら眉を寄せた。 「ほんとだ。さっきまで普通だったのに」 颯真が扉へ向かい、取っ手を引く。 「おい、開かないぞ。外、なんかやばくないか?」 湊介が窓際に寄って、レース越しに外を見た。 「かなり冷え込んでます。風も強い。しばらく出ないほうがよさそうですね」 「しばらくって、どのくらいだよ」 「それは、僕にも」 湊介が言い切る前に、明日香が小さくくしゃみをした。 「さむ……」 その一言で、三人が同時に彼女を見る。部屋の隅に置かれた椅子は冷たそうで、床に近い空気もひどく冷えている。晴が無意識に自分の上着を掴み、颯真はベースケースのストラップを肩から外した。 「とりあえず、こっち寄ろう。壁際より真ん中のほうが、まだましだろ」 颯真が言うと、明日香は素直に頷いて、譜面台の近くへ歩いた。晴もその横に立つ。湊介は少し迷ってから、二人の隣へ静かに入った。 四人が集まると、さっきまで広く感じた部屋が急に狭くなる。肩と肩、腕と腕が、触れそうで触れる。意識すると余計に近いのに、離れる理由もない。 「……近い」 晴がぼそっと言う。 「今さら?」 颯真が笑って返す。 「いや、今は寒いからだろ」 「寒いなら、なおさらだな」 明日香はそう言って、両手を袖に引っ込めた。すると、その肘が湊介の腕に軽く触れる。湊介は肩を跳ねさせかけて、すぐにこらえた。 「すみません」 「別に」 明日香は気にしたふうもなく笑う。 その笑い方が、なぜか一番あたたかかった。 やがて誰ともなく、さらに半歩ずつ詰める。晴の肩が明日香の髪先に触れそうになり、颯真の膝が湊介の腿に当たる寸前で止まる。ひどくささいな距離なのに、身体の輪郭がやけに鮮明になる。 「変な感じするな」 晴が低く言った。 「寒いのに、落ち着く」 颯真が続ける。 「それ、同じこと言ってません?」 湊介が小さく突っ込むと、明日香がくすっと笑った。 「でも、ほんと。ちょっとだけ、安心するかも」 その言葉に、三人は言い返せなかった。 近くにいるだけで、誰かの体温の気配が伝わってくる。明日香の指先は、鍵盤に触れていないのにまだどこか弾んでいて、晴はそのわずかな緊張を、颯真は胸の奥の熱を、湊介は自分でも気づいていなかった不安の形を、なぜか言葉より先に感じ取ってしまう。 「……なんだよ、これ」 晴が視線を落とす。 「ただくっついてるだけなのに」 「ただ、って言うなよ」 颯真が笑う。その笑いはいつもより少し低く、落ち着かない。 湊介は静かに息を吐いた。 「でも、離れたい感じはしないです」 明日香がその言葉を聞いて、ほんの少し目を細める。 「じゃあ、このままでいようよ。外、寒いし」 その提案は軽いのに、妙に強かった。誰も反対しない。肩や腕が自然に触れるたび、空気の中に小さな火花みたいな高揚感が生まれる。寒さをしのぐためのはずなのに、それ以上のものが混じり始めている気がした。 晴は自分の鼓動が少し速いことに気づき、颯真は楽しそうに口元を上げ、湊介はそれを見ないふりをしながら、近すぎる距離を受け入れている。 明日香は、四人の真ん中で、何事もない顔をしていた。けれどその手が、ふと誰かの袖に触れたまま離れない。部屋の冷たさの中で、そこだけ妙に熱を持っているようだった。

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