エラベノベル堂

共鳴レジリエンス

全年齢

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7章 / 全10

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「……もう、動ける気しないな」 颯真がベースを抱えたまま、息を吐いた。四人はまだ第一練習室の真ん中に寄り集まっている。さっきまでの冷えは、密着した体温で少し和らいだはずなのに、離れるタイミングだけが見つからない。 晴は弓を握り直しながら、視線を逸らした。 「一曲だけだ。試してみる」 「その言い方、だいぶ試験的だよね」 明日香がくすっと笑う。けれど、その笑い声も、いつもより近くに落ちた。湊介は譜面台の向きを直しながら、静かにうなずく。 「確かめる価値はあります。今の距離のまま弾いたら、どうなるか」 「どうなるか、って」 晴が言いかけて、そこで止まる。 説明できない。けれど、今の自分はいつもより明日香の呼吸を近くで感じているし、颯真の熱っぽい気配も、湊介の慎重な間合いも、なぜか全部わかってしまう気がした。 明日香が鍵盤の前に座った。椅子を引く音すら、普段より小さく聞こえる。 「じゃあ、いくよ。寒いからって、手は抜かないでね」 「言うじゃん」 颯真が笑って、指を構える。 最初の和音が落ちた瞬間、室内の空気がすっと変わった。明日香のピアノは、冷えた部屋に火を入れるみたいに、芯のある温度を持っている。その感覚が、隣にいる三人へじわりと移る。晴の緊張は、弓先の震えごとほどけていき、いつもなら堅くなる旋律が、自然に息を吸う。颯真は低音を支えるたび、胸の奥が妙に熱を帯びていくのを感じた。突っ走るだけじゃなく、ちゃんと誰かを抱え込むような強さが自分の中にあると、初めて知るみたいだった。湊介は和音の隙間を埋めながら、自分の感情に輪郭がついていくのを感じていた。曖昧だった不安が、明日香の一打を受けるたびに、言葉にできる形へ変わっていく。 「……っ」 晴が、音を外さないまま小さく息をのむ。 明日香は横目でそれを見て、何も言わずに次の音を置いた。その一音だけで、晴の肩がふっと下がる。 「今の、ずるい」 「ずるくないよ。ちゃんと弾いただけ」 「それがずるいんだって」 颯真が笑い、湊介も思わず口元をゆるめる。 演奏は、たった一曲なのに、妙に長く感じられた。密着した体の輪郭が、そのまま音に溶けていく。明日香のリズムが流れ込むたび、三人の中にあった遠慮や警戒が、少しずつ薄れていく。 終盤、晴がふと明日香を見ると、彼女もまたこちらを見ていた。ほんの一瞬、視線が絡む。そこで音がさらに開いた。 「……やっぱり、見たほうがいいんだな」 晴が呟く。 「今さら気づいたの?」 明日香は楽しそうに言って、最後のフレーズを軽やかに締めた。 音が消えたあと、誰もすぐには動かなかった。 さっきまでと同じ部屋なのに、何かが決定的に違っていた。四人とも、自分の中の揺れを隠しきれていない。晴は視線の置き場を失い、颯真は妙に落ち着かず、湊介は言葉にしなくても伝わってしまう自分の感情に戸惑っていた。明日香だけは平然としているように見えて、その指先がまだわずかに熱を残している。 「……なんか、もう、普通に戻れない気がする」 颯真がぽつりと言った。 晴は返事をしない。できなかった。 湊介もまた、何かを言いかけてやめる。演奏の外でも、明日香の方へ目が吸い寄せられてしまう。視線を外した瞬間に、何か大事なものまでこぼれ落ちそうで怖かった。 明日香はそんな三人を順番に見て、少しだけ首をかしげる。 「え、なに。そんなに変だった?」 変だったのは、音だけじゃない。そう言いたくなるのを、晴はぎりぎりで飲み込んだ。 外の風が、窓を小さく鳴らす。冷えた夜はまだ続いているのに、部屋の中の空気だけは、確かに違う熱を帯び始めていた。

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