昼下がりの光は、展示準備室の高い窓から斜めに差し込み、積んだ箱の角や未開封の包み紙を白く縁取っていた。結はテープを切り損ねて舌打ちし、陸は脚立の上から無言で予備の刃を放る。 「ありがとう。でも今の、ちょっと危なかったよ」 「受け取れるなら問題ない」 「言い方」 「手が止まってるほうが困る」 いつも通りのぶっきらぼうな返しに、結はむっとしながらも笑えなかった。昨夜の言い合いの余韻が、まだ空気の底に沈んでいる。必要な会話だけを交わし、目を合わせる回数も減ったまま、二人は黙々と棚を組んでいた。 そのとき、結が古い書類の束をずらした指先に、薄い紙の端が引っかかった。 「……ん?」 帳簿の裏に挟まっていたのは、祖母の手帳から抜け落ちたような、たった一枚の頁だった。結が息を呑むと、陸も脚立から降りてくる。 「まだ隠れてたのか」 「うそ、こんなの見逃してた」 頁には、祖母の丸い字がいつもより少しだけ力強く並んでいた。 店を守ることは大事です。けれど、守るだけでは紙は眠ったままです。誰かに渡し、誰かと驚き、誰かと分け合ってこそ、伝統は生き続けます。 結はその行を二度読み、声を失った。 「……誰かと、分け合う」 陸が隣から覗き込む。結は続きの文へ視線を滑らせた。 ひとりで抱えた記録は、やがて重みになる。けれど、受け取った想いを並べる相手がいれば、紙は初めて未来を映します。 「これ、店を残す話じゃなくて」 結は喉を鳴らした。 「一緒に残せって、言ってる」 陸はすぐに答えなかった。頁を押さえる結の手元を見て、それから短く息を吐く。 「祖母さん、全部わかってたんだな」 「わかってたっていうか……見抜いてた、かな」 「俺たちが、ここで並んでることも?」 結は紙面に落ちた自分たちの影を見た。昨夜までのぎこちなさが嘘みたいに、頁の上では二つの影が自然に寄っている。 「たぶん。店を守れってだけなら、こんな書き方しない」 「分かち合う相手まで必要だってことか」 「うん」 結は小さくうなずいた。胸の奥で、固く結んでいたものが少しずつほどけていく。祖母は、店の古い形を守れとは言っていなかった。受け継いだ紙も、記憶も、ひとりで抱え込まずに、今の形へ編み直せと伝えていたのだ。 陸が頁を持ち上げ、光に透かす。薄い紙の向こうで、文字が淡く浮き上がった。 「俺、さっきまで、全部自分で背負わないとって思ってた」 「知ってる」 「そういうところ、いちいち見抜くな」 「陸こそ。強がるの、下手だし」 言い返そうとして、陸は口元を少しだけ緩めた。 「じゃあ、下手なままでいいか」 結は頷いた。すれ違いの熱はまだ残っている。それでも、祖母の文字がそこにあるだけで、二人の足元は前より確かだった。頁の最後に、小さく添えられた一文がある。 守るのではなく、渡しなさい。 結はその言葉を、今度こそ胸の内に落とした。
記憶を染める和紙
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