陸は背後で何かが崩れ落ちる音を聞いた。 「結ちゃん!?」 振り返ると、結が冷たい土の上に倒れ込んでいた。開いたままの日記が彼女の手から滑り落ち、静かに静止している。陸は駆け寄り、結の身体を抱き起こした。彼女の肌は火のように熱く、頬は鮮やかな紅潮に染まっていた。 「結ちゃん、しっかりしろ!」 肩を揺するが、結は目を開けない。けれど、その唇が微かに動いていた。 「……嬉しい……」 かすれた声。うわごとのようで、それでいてどこか満足げな響きがあった。 「嬉しい……嬉しい……」 結は同じ言葉を繰り返している。その表情は苦痛というよりは、夢見心地に近かった。熱に潤んだ瞳が半開きになり、焦点の合わない視線を彷徨わせる。 「……ん……もっと……」 陸は息を呑んだ。彼女の様子が異常だった。ただ気絶しているだけではない。まるで何かに取り憑かれたかのようだ。(何があったんだ……?)陸の視線が、床に落ちた日記に向けられた。開いたページには走り書きのような文字が並んでいる。墨の色は百年の時を経てもなお鮮やかだった。結の身体をそっと床に横たえ、陸は日記へと目を凝らす。表紙には何も書かれていない。ただの古びた日記に見える。けれど、その無垢な外見が逆に不気味だった。 「結ちゃん……」 改めて彼女の顔を覗き込む。上気した頬、微かに開いた唇、まつ毛の縁に浮かんだ汗。彼女の身体からは甘い香りが漂っているようだった。陸はごくりと唾を飲み込んだ。彼女の無防備な姿に、胸の奥がざわめく。 (落ち着け……今はそんなこと考えてる場合じゃない)頭ではわかっている。けれど、結の 「嬉しい」 という言葉と、彼女の恍惚とした表情が、陸の理性を揺さぶった。陸は深呼吸をして、改めて日記に視線を落とした。おばあちゃんの話が正しければ、この和紙は書き手の記憶を残している。結はこの日記に触れて、何かを見たのだ。それが何なのか——確かめなければならない。陸は震える指先で、日記の表紙へと手を伸ばした。
記憶を染める和紙
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