昼下がりの草原は、宿の食堂よりずっと静かだった。風が低い草をなでるたび、青い波が足元で揺れる。真斗はそこでひとり、剣を抜いては納め、納めては抜き、いつもの型を確かめていた。だが、どうにも体がついてこない。膝の入りが半拍遅れ、踏み込みが浅い。息を整えようとするたび、胸の奥だけが妙に熱を持って、集中がほどけていく。 「……くそ」 小さく吐き捨てた声は、風にさらわれた。真斗は額の汗を拭い、もう一度構える。勇者としての顔をしていれば、何も揺らがないはずだった。なのに、昨夜から残る違和感が、刃筋まで曖昧にする。 「一人で無茶してる顔、してるな」 背後から湊大の声がした。振り返ると、彼は麦わら帽子を片手に持ち、いつもの真面目な目でこちらを見ている。 「ついて来たんですか」 「偶然だ。……と言いたいところだけど、気になった」 「余計なお世話です」 そう返したのに、声がいつもほど鋭くならない。湊大は苦笑して、真斗の剣先を見た。 「型、乱れてる。相手がいるなら、少し合わせるぞ」 「結構です」 即答したつもりが、膝がぐらりと揺れる。湊大が反射で一歩近づき、手を伸ばしかけた、そのときだった。 「お、先客ありか」 陸玖が草を踏み分けて現れた。肩に小さな包みを乗せている。 「荷物持ち、必要なら声かけてって言ったでしょ。勇者さま、顔がすでに不機嫌だし」 「元からです」 「はいはい、元から」 陸玖は笑いながら包みを地面に置くと、真斗の視線を受け止めた。その目は軽いふりをしているのに、妙に近い。 「で、剣の練習? こんな顔のままじゃ、誰か斬る前に自分が倒れそうだけど」 「倒れません」 「言い切るの、早いなあ」 そこへ、最後に章仁がやって来た。無駄のない足取りで、真斗の鞘を一目見るなり短くうなずく。 「……荷物、まとめた。昼の分も持ってきた」 「頼んでいません」 「頼まれてない。だが必要だろ」 ぶっきらぼうな言い方なのに、差し出された布袋はやけに丁寧だった。真斗は受け取ろうとして、ほんの少し指先が触れる。そこでなぜか胸が跳ねる。 「三人とも、近すぎませんか」 思わず漏れた言葉に、陸玖が目を丸くする。 「今さら?」 「今さら、です」 湊大は真斗の前に立ち、草の上に木剣を一本置いた。 「近いのは、放っておけないからだ。剣を振るのに一人で十分でも、今のお前は一人に見えない」 真斗は言い返そうとして、言葉を失った。からかわれているだけなら、いつものように切り返せたはずだ。だが、三人の視線はふざけ半分でありながら、どこまでも真剣だった。 陸玖が肩をすくめる。 「ほら、稽古相手なら俺でもいいし。荷物持ちは章仁に任せるとして、湊大は真面目すぎるから、ちょうどいいでしょ」 「なぜお前が仕切る」 「こういうのは勢いが大事」 章仁は小さく息を吐き、真斗の隣に立った。 「……やるなら、もう一度。俺が見てる」 その声が、妙に低くて近い。真斗は剣を握り直しながら、三人の距離の詰め方を思い返す。湊大は正面から受け止め、陸玖は軽く笑って空気をほぐし、章仁は黙って逃げ道を塞ぐ。気づけば、息をする場所まで奪われたような気がした。 それなのに、嫌ではない。 真斗は剣先を下ろし、三人を順に見た。仲間としての親切にしては、少し過剰だ。介抱の名残にしては、少し長く続きすぎる。胸の奥に浮かんだ答えを、彼女はまだ認めきれない。ただ、薄々なら分かってしまう。 「……あなたたち、何なんですか」 問いは草原へ落ち、風に溶けた。湊大が少しだけ目を細め、陸玖が笑いを噛み殺し、章仁は視線を逸らす。その反応だけで、真斗は十分すぎるほど困惑してしまった。
異世界ドリンク
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