エラベノベル堂

異世界ドリンク

全年齢

小説ID: cmpxh41tx002w01pcdpw1gp6d

6章 / 全10

異世界ドリンク の小説画像

「ちょっと、待ってください……なんで、ここに三人ともいるんですか」 真斗は大浴場の前で立ち止まり、湯気の向こうを見て固まった。夕方の裏庭で働き終えたばかりだというのに、温かな湿気が頬にまとわりついて、いつも以上に落ち着かない。灯りはやけに柔らかく、廊下の板は足音を吸い込むみたいに静かだった。そんな場所に、湊大、陸玖、章仁が揃っている。しかも逃げ場のない距離で。 「たまたま、だろ」 「たまたまにしては、顔が近くないですか」 真斗が睨むと、陸玖が肩をすくめた。 「大浴場の前で睨まれても困るって。ほら、深呼吸深呼吸」 「それはあなたが言う言葉ですか」 「言うよ。面白いから」 真斗は反論しかけたが、熱が残るせいか言葉が少しだけ鈍る。湊大がそれに気づいて、真顔のまま一歩寄った。 「無理に入らなくていい。今日は、少しでも落ち着くまで待て」 「待てって、誰の判断ですか」 「俺だ」 即答だった。真斗は息を呑む。強引なのに、不思議と押しつけがましくない。その真っ直ぐさが、余計に心臓をうるさくする。 そのときだった。廊下の向こうから、重そうな箱を抱えた商人が現れた。 「すみません、少しだけ失礼しますよ。これ、鏡の調整に使う品でして」 商人が置いたのは、縁に淡い紋の刻まれた魔法鏡だった。湯気を受けて、表面がゆらりと波打つ。 「え、なにそれ」 陸玖が身を乗り出した瞬間、鏡がぴんと光った。 次の瞬間、そこに映ったのは、昨夜の断片だった。 ふらついた真斗を支える腕。自分でも覚えていない弱々しい声。必死に名前を呼ぶ三人の表情。映像は途切れ途切れで、けれど肝心なところだけ、妙に鮮明だった。 「……っ」 真斗の喉が詰まる。視線を逸らしたくても、もう遅い。湊大の手が一瞬だけ止まり、陸玖の笑みが固まり、章仁は眉間に深い皺を寄せた。 鏡の中では、真斗が小さく何かをこぼしている。誰かにすがるみたいな、その一言だけが残酷なくらい耳に残った。 「やば」 陸玖がぼそりと漏らす。 「消せないのか、これ」 湊大の声は低かった。 商人は青ざめた顔で鏡の縁に触れ、慌てて詠唱を試みる。だが光はすぐには消えない。湯気の白さの中で、真斗も三人も、ただ映像を見上げるしかなかった。 見てしまった。 見なかったことには、もうできない。 真斗は拳を握りしめたまま、鏡の光に照らされた三人の横顔を見た。気まずさと、別の何かが、同じ重さで胸に落ちる。大浴場の前は、さっきまでの落ち着かなさとは別種の静けさに包まれていた。

6章 / 全10

TOPへ