「……やめてください」 真斗の声は、自分でも驚くほど小さかった。鏡の中の自分は、あまりにも無防備で、あまりにも弱い。支えられている腕のぬくもりまで映されてしまった気がして、頬が火を噴くように熱くなる。 商人が慌てて詠唱を続け、ようやく魔法鏡の光がすぼむ。その間、誰も笑わなかった。笑えなかった、と言ったほうが近い。 沈黙を破ったのは、湊大だった。 「真斗さん。あれ、嫌だったか」 まっすぐ過ぎる問いに、真斗は息を止める。嫌だった。そう言い切るには、胸の奥の熱が邪魔をした。映像を見られた恥ずかしさは確かにある。けれど、それ以上に、あのとき自分が三人の手を拒まなかった事実が、今さら鮮明に迫ってくる。 「……嫌、というより」 そこで言葉が詰まる。言い訳の形ならいくらでも浮かぶのに、本音だけがうまく並ばない。 陸玖が妙に静かな声で口を挟んだ。 「無理に整えなくていいよ。変な場面を見たってだけで、真斗さんが困るのは当然だし」 軽口に逃げる気配はない。普段より少し低い声が、かえって真斗の心を落ち着かせる。 「たださ」 陸玖は肩をすくめた。 「あの映像、見ちゃったから分かることもあるよね」 真斗は顔を上げた。三人の視線が、急かすでもなく、逸らすでもなく、そこにある。 章仁が短く息を吐いた。 「……選べ。今すぐ答えを出せって意味じゃない」 ぶっきらぼうな言い方なのに、その奥にあるものは分かってしまう。待つ、ということだ。逃げないでいる、ということだ。 湊大が少しだけ拳を握り、次に開いた。 「守るのは、勝手にした。だが、嫌だったならもうしない。そこは約束する」 「おい、そこまで言うと逆に誤解されるぞ」 陸玖が苦笑する。 「誤解じゃない」 真顔で返されて、陸玖は目を瞬かせた。 真斗はそんなやり取りを見て、思わず息を漏らす。笑いではない。泣きそうなほど居心地の悪い熱が、胸の奥で形を変えていく。 嫌ではない。 その一言が、鏡の残光みたいに遅れて落ちた。 守られていたことを、今になって認めざるを得ない。しかも拒絶したかったのではなく、あのぬくもりにすがりたかったのだと、見透かされた気分になる。 「……私は」 真斗は自分の指先を見た。剣を握るための手が、こんなふうに震えるなんて知らなかった。 「たぶん、安心していました」 言った瞬間、空気がわずかに変わる。驚きはない。ただ、三人の表情が少しずつ柔らかくなった。 湊大は静かに目を伏せ、陸玖は小さく口角を上げ、章仁は視線をそらしたまま耳だけ赤い。 真斗はその反応に、どうしようもなく動揺した。仲間だから、では説明がつかない。助かったから、だけでも足りない。胸の奥にある感情は、もっと手の届かない場所で静かに息をしている。 「……ずるい」 ぽつりとこぼすと、陸玖が首を傾げた。 「何が」 「あなたたちが、そんな顔をするからです」 湊大が、少しだけ笑った。 「じゃあ、もう少しだけそのままでいる」 「勝手に決めないでください」 「でも、待つって言ったろ」 章仁が低く言う。真斗は言い返そうとして、また言葉を失った。 待たれることが、こんなにも苦しいのに、嬉しい。 その矛盾を抱えたまま、真斗は初めて、三人をただの仲間としてではなく、胸の奥を揺らす特別な相手として見てしまった。鏡の光は消えたのに、心の内側だけが、まだ静かに熱を帯びていた。
異世界ドリンク
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