夜の静けさが、書斎の机をやわらかく包んでいた。澪は画面に映る作品一覧を見つめ、さっきまでの迷いを振り払うように唇を引き結ぶ。 「よし、今度こそ細かく整えよう」 ひとりごとを落としてから、作品ごとのタグを一つずつ見直した。似た雰囲気の話が離れすぎていれば、読みに来た人は途中で立ち止まってしまう。逆に、関連のあるものが近くに並べば、次へ進みやすい。澪はタグの言葉を少しだけ言い換え、重なりを確かめ、画面を何度も更新した。 「この作品は切ない系、こっちは静かな読み味……うん、これなら分かりやすいかも」 次に、あらすじだった。どれも自分では知り尽くしているからこそ、説明が曖昧になる。澪は余計な装飾を削り、最初に何が読めるのか、どんな気分で読めるのかを短くまとめ直していく。 「長く書けば伝わるってものでもないんだよね」 そう言いながらも、言葉を削るたびに少しだけ胸が痛んだ。けれど、残すべき芯が見えてくると、不思議とすっきりする。派手さではなく、入口のわかりやすさ。それが今の自分に必要なものだった。 更新ボタンを押した、その直後だった。アクセス解析の小さな数字が、いつもよりわずかに跳ね上がる。 「……え」 澪は思わず背筋を伸ばした。見間違いかと目をこすってから、もう一度確認する。確かに、少し増えている。ほんの小さな変化でも、今の澪には十分すぎるほど眩しかった。 「来てる……ちゃんと、来てる」 声が震えた。努力は静かで、手応えなんてすぐには返ってこないと思っていたのに、画面の向こうで誰かが足を止めてくれている。その事実だけで、胸の奥が熱くなる。 さらに、受信箱の端に新着通知が点いた。澪は息をのみ、そっと開く。そこには、作品を読んだ人からの短い感想が並んでいた。 『雰囲気が好きです』 『案内がわかりやすくて、次も読めました』 『こういう並び、助かります』 澪は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。どれも短い。それでも、自分が整えた導線の先で、ちゃんと誰かが作品にたどり着いてくれたのだと分かる。 「読んでもらえたんだ……」 ぽつりと漏れた声は、少しだけ笑っていた。作品そのものだけじゃない。タグも、あらすじも、並び順も、誰かのための目印になっていた。 澪は感想を一つずつ読み返し、胸の中に静かな灯りがともるのを感じた。派手な近道を選ばなくてよかった。地味でも、自分の手で整えたものは、ちゃんと届く。 画面の明かりの中で、澪は小さく頷いた。まだ始まったばかりだ。それでも、たしかに変化は起きている。
積み上げる読者
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