エラベノベル堂

シンクロニシティ・オーバー

全年齢

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5章 / 全10

「……まただ」 彼女が窓際で立ち止まり、肩を強張らせた。カーテンの隙間から差す窓外の光は弱いのに、その顔色はみるみる青くなる。俺が声をかけるより先に、リンクの奥へ冷たいざわめきが流れ込んできた。 「何が見えた」 「見えた、じゃない。入ってくるの。隣、上、たぶん向かいも……全部、乱れてる」 彼女は声を詰まらせて言った。激しい怒り、焦り、誰かを責める熱。それが壁越しにまで届いて、彼女の感覚を擦り減らしていく。普段より呼吸が浅い。手先まで震えている。 「そんなに拾うのか」 「拾いたくないのに、勝手に……」 言い切る前に、彼女は額を押さえた。俺はすぐ近くに寄ったが、触れる寸前で止まる。今の彼女に不用意な接触は負担になる。だが離れれば、さらに一人で抱え込む。 「リンクは切らない」 「当たり前でしょ」 「なら、負荷だけ下げる。外から入る分を減らせばいい」 「そんな簡単に……」 「簡単じゃなくても、やる」 俺は照明をさらに落とし、窓の遮光を引いた。音の出る家電も止める。すると、部屋の空気が少しだけ均一になった。けれど彼女の顔はまだ苦しそうだ。 「まだだな」 「まだ、って何」 「今のままじゃ、拾うものが多すぎる。なら、拾ったあとに流れ込む先を整える」 彼女は不思議そうにこちらを見た。怒っているわけでも、諦めているわけでもない。ただ、何を言われているのか測りかねている目だ。 「私に、慣れろってこと」 「違う。お前が溢れないように、こっちで受け止める」 「受け止めるって、そんな都合よく」 「都合よくじゃない。つながりを切らずに整える。そう決める」 その言葉に、彼女の眉がわずかに動いた。リンクの向こうで、ざらつきが一瞬だけ弱まる。完璧じゃない。けれど、さっきまでの鋭い痛みは少し和らいでいた。 「……変な方針」 「今さらだろ」 「でも、嫌いじゃない」 小さな声だった。聞き返すより先に、彼女は視線を逸らす。耳が赤い。俺は咳払いをして、ソファの向かいを手で示した。 「座れ。呼吸を合わせる」 「指図しないで」 「嫌なら、俺が座る」 「座ればいいじゃない」 不機嫌そうに言いながらも、彼女は素直に腰を下ろした。俺も向かいに座る。距離はあるのに、リンクだけは確かに結ばれている。深呼吸を一つ、二つ。彼女の呼吸が少しずつ追いついてくる。 「……まだ、遠くの感情がうるさい」 「なら、ここを基準にしよう」 「基準?」 「お前が乱れたら、俺が戻す。俺が迷ったら、お前が引っ張れ。そういう、基準だ」 彼女はしばらく黙っていた。やがて、ほんの少しだけ口元を緩める。 「あなた、案外しつこいのね」 「褒め言葉として受け取っておく」 その瞬間、彼女の目が細くなった。さっきまでの暴風みたいな揺れが、少しずつ輪郭を失っていく。完璧ではない。けれど、切らずに整えることはできる。二人なら、できるかもしれない。 外ではまだ誰かの感情が波打っている。それでもこの部屋の中だけは、あえて壊さないまま保てる気がした。彼女が小さく息をつき、俺を見た。 「ねえ、これなら……続けられるかも」 「ああ」 俺がそう答えたとき、彼女の表情に、初めて少しだけ安心が戻った。

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