「……ちょっと待て」 俺は端末の解析画面を凝視したまま、つぶやいた。リビングで落ち着いたはずの彼女が、また奥の実験室へ戻ってきて、腕を組む。夜更けの静けさの中、機材の表示灯だけが淡く瞬いていた。 「何が見つかったの」 「見つかった、というより……繋がった」 言いながら、指先でデータを送る。リンク装置の履歴、感情波の増幅記録、俺の反応の微細な変化。全部を並べると、一つの線に見えてきた。彼女の負荷が上がるたび、俺の反応も遅れて揺れている。まるで、こちらの鼓動が向こうの波を押し上げているみたいに。 「ありえない」 彼女は即座に首を振った。 「私の能力は、私のものよ。あなたのせいにしないで」 「責めてるわけじゃない」 「でも、その顔は疑ってる」 痛いところを突かれて、俺は苦笑した。たしかに、最初は信じたくなかった。だが、何度も見返すほど、無視できない。 「俺が落ち着くと、お前も安定する。逆もある。だけど今回は違った。俺が無意識に受け止めた時だけ、暴走が一時的に止まった」 「偶然でしょ」 「偶然にしては、毎回だ」 彼女の唇が引き結ばれる。怒っているというより、認めたくない顔だった。自分の力が外に引っ張られているなんて、きっと想像したくもないのだろう。 「だからって、私の問題をあなたの反応に結びつけないで」 「結びつけたいんじゃない。確かめたいだけだ」 そう言って、俺は試しに解析画面を閉じた。代わりに、彼女を見た。さっきまでの緊張が、またじわりと浮かび上がる。けれど次の瞬間、俺が意識してその揺れを受け止めるように息を整えると、彼女の肩がわずかに下がった。 「……え」 「今、少し静かになっただろ」 彼女は黙った。反論しようとして、できない顔だった。 俺は一歩だけ近づく。触れるほどではない、けれど逃げられない距離。 「お前が拾いすぎるんじゃない。俺が、拾わせすぎてる可能性がある」 「そんなの、信じたくない」 「分かる」 その一言で、彼女の目が揺れた。いつもより強く、けれど崩れる寸前の揺れだ。 「私、ずっと一人で耐えてきたの。なのに、また違う理由で壊れそうになるなんて、そんなの嫌」 初めて、声に本音が混じった。俺は胸の奥を掴まれたみたいに息を止める。彼女の暴走は、彼女だけの問題じゃなかった。俺が無自覚に、彼女を増幅させていたのかもしれない。 「なら、もう一人で耐えるな」 「簡単に言わないで」 「簡単じゃない。だから、俺が受け止める」 言い切った途端、彼女が息を呑んだ。リンクの奥で、さっきまで暴れていた波が、ふっと揺れて細くなる。完全に消えたわけじゃない。だが、さっきまでの鋭さは確かに鈍っていた。 「……ほんとに、静か」 「だろ」 「何したの」 「たぶん、負荷を引き受けた」 彼女は信じられないように俺を見た。苛立ちも、拒絶もある。それでも、目の奥に小さな戸惑いが浮かぶ。 「そんなふうに、勝手に背負わないで」 「勝手じゃない。お前のためにやった」 言ってから、少しだけ気恥ずかしくなった。だが彼女は笑わなかった。ただ、視線を落として、震える指をぎゅっと握る。 「……ばか」 その声は、もう怒鳴り声じゃない。崩れそうなものを必死に押さえた、か細い響きだった。 実験室の機材は相変わらず無機質で、夜は深いままなのに、彼女の呼吸だけが少しずつ戻ってくる。俺が意図して受け止めるほど、彼女の波は静かになる。その事実が、ひどく危うくて、ひどく確かなものに思えた。 「……続けるなら、方法を変えるしかない」 俺がそう言うと、彼女はゆっくり顔を上げた。 「変える、って」 「切るんじゃない。俺がちゃんと受ける。お前が溢れないように」 「あなた、ほんとに」 そこで言葉を切って、彼女は小さく息を吐いた。怒っているのか、呆れているのか、そのどちらでもある顔。 それでも、暴走の火種はもうほとんど見えなかった。 彼女は実験台の端に手をつき、揺れる視線を俺に向ける。 「……次も、できるの」 「やるしかないだろ」 「そういう意味じゃなくて」 言い直しかけた彼女は、そこで口を閉じた。何かを言いかけたまま、飲み込む。その沈黙の奥で、確かに何かが静まっていく。 俺は答えを急がず、ただその場に立ったまま、彼女が落ち着くのを待った。
シンクロニシティ・オーバー
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