エラベノベル堂

記憶を返す薬屋

全年齢

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3章 / 全10

怜也は椅子の背にもたれたまま、しばらく呼吸を整えていた。先ほどまでの青白い緊張は、波が引いたあとの砂浜みたいに彼の顔から消えかけている。だが瞳だけは落ち着かず、遠い場所を探すように揺れていた。 「……思い出した」 掠れた声だった。 結衣奈は、薬瓶を握ったまま身を乗り出す。 「何をです」 「俺は、十年前の密書を盗む一味にいた」 言葉が落ちた瞬間、店の空気が少しだけ重くなった気がした。結衣奈は眉をひそめる。想像していたより、ずっと生々しい告白だった。 「盗んだ、ですか」 「正確には、奪う役だった。誰かが火をつける前に、あれを持ち出せば済むと思っていた。だが……仲間は、もっと荒い手を考えていた」 怜也は唇を噛み、両手で顔を覆った。 「止めたかった。あの夜の空気が、今みたいに乾いていくのを覚えている。嫌な予感がしたんだ。だから俺は、密書を別の場所へ隠した」 結衣奈は息を呑んだ。 「隠した?」 「持ち去るのでは足りないと思った。見つかれば終わる。でも、燃やされるよりはましだろうって」 怜也の声は、言い訳のようでいて、どこか子どもみたいに震えていた。十年分の罪悪感が、一気に喉へ押し寄せているのだろう。 「本当に、それだけですか」 結衣奈の問いに、怜也はゆっくり顔を上げた。 「分からない。俺は善人じゃない。けど、あの時だけは町を守りたかった気がする」 その一言に、結衣奈はすぐ返せなかった。薬売りとしてなら、客の証言を整理して判断するべきだ。けれど今、目の前の男は都合のいい悪党には見えなかった。壊れた記憶の隙間から、それでも逃げずに戻ってきた者の顔だった。 「……祖母なら、こういう時なんて言ったかな」 結衣奈は小さく呟き、奥の引き戸へ視線を向ける。 怜也がわずかに顔を上げた。 「まだ、何かあるのか」 「確かめたいことができました」 結衣奈は立ち上がり、店の奥へ入る。古い木箱の中で眠っていた薬帳は、表紙の角が擦り切れていた。指先に埃の感触が残る。けれど、その重みだけは、祖母の手をそのまま受け取ったように確かだった。 彼女はそれを胸に抱え、作業台へ戻る。 怜也は、その冊子を見て小さく目を見開いた。 「それが、手掛かりになるのか」 結衣奈は薬帳の留め紐に指をかけたまま、静かにうなずく。 「ええ。たぶん、ずっと前から」

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