夜が薄くほどけるころ、僕らは仮設宿を出た。谷の冷気はまだ頬を刺すが、山腹へ向かう足取りは止めない。洞窟の入口へ近づくほど、昨日までの村の静けさが遠ざかり、岩肌の湿った匂いだけが濃くなっていく。 「先生、先に着くつもりでした?」 背後から、あの女学生の声が飛んできた。 「君こそ、遅かったな」 「遅いんじゃありません。道を選んだだけです」 「その道が、たまたま同じだったらしい」 口では軽く返したが、実際には笑えなかった。洞口へ伸びる細い足場は、片側が崩れやすい。踏み石の間には、昨夜の湿り気で滑る箇所もある。僕が先に踏み込もうとした瞬間、彼女も別の斜面から回り込んでいた。互いに先手を取ろうとして、狭い場所で見事に鉢合わせる。 「そこ、危ない」 「先生こそ、足元を見てください」 「見ている。だから言っている」 「なら、譲ってください」 「嫌だね」 言い合った直後、僕の靴先の下で小石が一つ鳴った。すぐに体勢を崩せば、下の裂けた岩へ滑る。僕は手を伸ばし、彼女は反射でその手首をつかんだ。 「……今のは、助かった」 「礼なんていりません。次は私が先に抜けます」 「その意気は買うが、無理をするな」 彼女はむっとした顔のまま、足場の裂け目を見下ろした。僕も視線を落とす。さっきまで互いに邪魔し合っていたせいで、危険な箇所への注意が少し遅れていた。岩は見た目以上にもろい。狭い道では、相手を出し抜くより、同時に落ちないことのほうが重要だった。 「先生」 「何だ」 「さっきのは、私が悪かったです」 珍しいことを言う。僕が目を上げると、彼女は不承不承ながらも続けた。 「先を急ぎすぎて、崩れやすい場所まで読めていませんでした」 「僕もだ。君を気にしすぎた」 「……今、少しだけ褒めました?」 「事実を述べただけだ」 彼女は鼻で笑ったが、その顔つきはさっきより真剣だった。 「じゃあ、ここからは競争を半分にしましょう。邪魔をしたほうが、結局は自分の首を絞める」 「同感だ」 そう言うと、妙に静かな気持ちになった。互いに張り合うのは構わない。だが、この足場では、張り合いすぎれば命取りになる。 僕らは視線を交わし、ほとんど同時に次の踏み石へ足を置いた。岩の軋む音が、洞窟の闇へ吸い込まれていく。先へ進むほど、狭さは増す。だが、その分だけ、二人の歩幅も少し揃い始めていた。
源流をめぐる競争
全年齢小説ID: cms5o8oz1001p01pcyhpc0e9k
